会社の売却で得た利益が5億円の場合、2027年以降は従来より約2,500万円も税負担が増える可能性があります。
これは、2026年度(令和8年度)税制改正で決定された、超高所得者に対する追加課税制度「ミニマムタックス」の強化によるものです。
2027年(令和9年)分の所得税から、追加課税の計算に用いる控除額が3億3,000万円から1億6,500万円に半減し、税率も22.5%から30%に引き上げられます。
特に、自社株式の売却益や不動産の譲渡益など、年間の所得が約3億4,000万円以上になる方は注意が必要です。この金額は、所得の大部分が株式や不動産の長期譲渡益など、税率15%の分離課税所得である場合の一応の目安です。
一般的な中小企業経営者のすべてが増税対象になるわけではありません。しかし、事業承継M&Aによる株式売却、個人所有不動産の売却、相続した資産の換金などによって、一時的に多額の所得が発生する方には、大きな影響が生じる可能性があります。
「会社をいくらで売れるか」だけでなく、「税金を差し引いていくら残るか」。
事業承継やM&Aを検討されている経営者とそのご家族に向けて、今回の改正内容と具体的な注意点を解説します。
※税負担の増加額は一定の条件による概算です。実際の追加課税の有無・税額は、所得構成や各種控除等によって異なります。
ミニマムタックスとは?2027年から何が変わるのか
ミニマムタックスとは、非常に高い所得のある個人に、一定水準の所得税負担を求める追加課税の仕組みです。正式な制度名は「特定の基準所得金額の課税の特例」といいます。
個人の所得税には、大きく分けて2つの課税方式があります。
- 総合課税:給与所得や事業所得など。所得が増えるほど税率が高くなる(累進課税)
- 分離課税:株式や土地・建物の売却益など。原則として一定の税率で課税される
例えば、経営者個人が所有する非上場会社の株式をM&Aで第三者に売却した場合、その譲渡益には通常、所得税・復興特別所得税・住民税を合わせて20.315%が課税されます。
ところが、非常に大きな譲渡益を得た場合には、通常の税額だけでは所得に見合った税負担にならないのではないかという考え方があります。そこで、一定の所得水準を超える個人に追加の所得税を課す制度が設けられています。これがミニマムタックスです。
制度そのものは2025年分の所得税から導入されました。今回の令和8年度税制改正により、対象となる所得水準が引き下げられ、追加課税の計算に用いる税率が引き上げられます(出典:財務省「令和8年度税制改正(国税)等について」)。
| 比較項目 | 2026年分まで | 2027年分以後 |
|---|---|---|
| 特別控除額 | 3億3,000万円 | 1億6,500万円 |
| 追加課税の判定に用いる税率 | 22.5% | 30% |
| 影響が及ぶ範囲 | 主として極めて高額な所得のある個人 | 従来より広い高所得者層 |
改正後の計算の流れは次のとおりです。
- 基準所得金額(株式の譲渡益なども含めた年間の所得の合計)から1億6,500万円を差し引く
- その金額に30%を掛ける
- その金額が、通常の方法で計算した所得税額(基準所得税額)を上回る場合、差額のみが追加課税される
注意したいのは、売却益全体に一律30%の税金が掛かるという意味ではないことです。既に計算されている所得税額との比較によって、追加納税の有無と金額が決まります。
なお、NISA等の非課税所得や、源泉分離課税の対象となる所得、確定申告不要を選択した上場株式等の配当・譲渡所得などは、基準所得金額に含まれません(出典:国税庁 No.2270)。
どの程度の所得がある人に影響するのか?
所得の大部分が株式譲渡益である場合、2027年分以後は、年間の所得がおおむね3億3,000万〜3億4,000万円程度を超えるあたりから、追加課税が発生する可能性があります。
例えば、会社のオーナーが保有する非上場株式を売却し、5億円の譲渡益を得た場合を考えてみましょう(他に所得はなく、所得控除は考慮しない単純化した例です)。
| 項目 | 2026年分まで | 2027年分以後 |
|---|---|---|
| ① 通常の所得税額(5億円×15%) | 7,500万円 | 7,500万円 |
| ② 判定額 | (5億円−3億3,000万円)×22.5%=3,825万円 | (5億円−1億6,500万円)×30%=1億50万円 |
| 追加課税(②−①) | なし(②が①を下回るため) | 約2,550万円 |
このように、2026年分までは追加課税が生じないケースでも、2027年分以後は通常の所得税に加えて2,000万円台の追加負担が生じることが考えられます(実際には復興特別所得税も加わります)。
もちろん、これは一定の前提による概算例です。実際には所得の種類や所得控除、他の所得の有無などによって結果が変わります。「約3億3,000万〜3億4,000万円」という金額も、一律の課税開始基準ではありません。
また、ここでいう5億円は「会社の売却代金」ではなく、取得費や譲渡費用等を差し引いた「譲渡益」です。会社を5億円で売却したからといって、5億円がそのまま課税対象となるわけではありません。
事業承継M&Aを考える経営者が注意すべきことは?
第三者へのM&A(株式譲渡)を検討している中小企業オーナーは、売却益が個人の所得として判定対象になる点に注意が必要です。
例えば、長年経営してきた会社の株式を売却し、その代金を老後資金や家族への財産承継に充てようと考えている経営者です。非上場会社であっても、優良な財務内容や保有不動産、事業の収益性によっては、数億円規模の株式譲渡が成立することがあります。
この場合、株式を所有しているのが経営者個人であれば、売却益は経営者本人の所得として課税されます。そして、ミニマムタックスの判定でも、その株式譲渡益が考慮されます。
M&Aの方法によって税務上の取扱いは異なる
M&Aには、会社の株式そのものを譲渡する「株式譲渡」と、会社が事業や資産を譲渡する「事業譲渡」などがあります。両者では、課税される主体が異なります。
| M&Aの方法 | 売り手 | 課税の主体 | ミニマムタックスとの関係 |
|---|---|---|---|
| 株式譲渡 | 株主(経営者個人など) | 個人(所得税・住民税) | 判定の対象となる |
| 事業譲渡 | 会社(法人) | 法人(法人税等) | 直接は適用されない |
ミニマムタックスは個人の所得税に関する制度です。したがって、法人が事業や不動産を売却した利益に、この制度が直接適用されるものではありません。ただし、法人の利益をその後、配当などの形で経営者個人へ移転する場合には、別途、個人課税の検討が必要になります。
M&Aでは、売却価格だけではなく、最終的に経営者や後継者の手元にいくら残るのかという視点が重要です。
事業承継M&Aの進め方や大阪府内の現状については、記事「大阪の事業承継・M&A|支援制度・相談先をの行政書士が解説」で詳しく解説しています。

自社株式の売却と不動産の売却が重なるとどうなる?
同じ年に複数の資産を売却すると、売却益は合算して判定されるため、追加課税の対象となる可能性が高まります。
中小企業経営者の中には、自社株式とは別に、個人名義で工場用地、店舗、賃貸ビル、駐車場などを所有している方が少なくありません。例えば、次のようなケースを考えてみましょう。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| M&Aによる自社株式の売却益 | 3億円 |
| 個人で所有する収益不動産の売却益 | 1億円 |
| 同じ年に発生する売却益の合計 | 4億円 |
この場合、それぞれの資産を別々に売却したとしても、同じ個人が同一年中に得た所得であれば、ミニマムタックスの判定において合算して考える必要があります。
つまり、個々の売却益は追加課税を意識するほどの規模ではなくても、複数の資産売却が同じ年に重なることで、追加課税の対象となる可能性があるのです。
したがって、事業承継計画では、自社株式の譲渡時期だけでなく、個人所有不動産の売却時期についても総合的な検討が必要です。ただし、売却時期を分散すれば必ず税負担が軽くなるというものでもありません。売却価格、資金需要、契約条件、その他の所得なども踏まえた判断が必要です。
相続した不動産や自社株式を売却する場合の注意点は?
相続財産を売却する場合は、ミニマムタックスに加えて、取得費の引継ぎなど相続財産特有の税務ルールを確認する必要があります。
事業承継と相続は、切り離して考えられる問題ではありません。経営者が亡くなったことで後継者や相続人が会社の株式を取得し、その後、第三者へのM&Aを決断する場合もあります。また、相続した賃貸ビルや事業用不動産を売却し、その資金を相続税の納税や遺産分割に充てるケースもあるでしょう。
① 相続した不動産の取得費は、原則として親の取得費を引き継ぐ
相続した土地・建物の取得費は、原則として相続時の評価額ではなく、被相続人(亡くなった方)が購入した価格などを引き継ぎます(出典:国税庁 No.3270)。
例えば、父親が3,000万円で購入した土地を相続し、その土地を1億円で売却する場合を考えます。仮に相続時の評価額が8,000万円だったとしても、原則として、その8,000万円を売却時の取得費にすることはできません。
| 考え方 | 取得費 | 譲渡益(売却価格1億円) |
|---|---|---|
| 誤った想定(相続時の評価額を基準) | 8,000万円 | 2,000万円 |
| 実際の原則(父親の購入価格を引継ぎ) | 3,000万円 | 7,000万円 |
※譲渡費用等は考慮していません。
このため、相続時の評価額と売却価格との差額だけを利益と考えていると、実際の課税対象となる譲渡益が想定以上に大きくなることがあります。
② 相続税の一部を取得費に加算できる場合がある
相続税が課税された相続財産を一定期間内に売却した場合、相続税額の一部を譲渡所得の計算上、取得費に加算できる特例があります(出典:国税庁 No.3267)。
原則として、相続開始日の翌日から相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに譲渡することなどが必要です。一般的には、相続開始からおおむね3年10か月以内が一つの目安となります。
この特例は土地・建物だけでなく、株式などの相続財産の譲渡でも検討の対象となります。相続した非上場株式を後にM&Aで売却する場合にも、確認しておきたい制度です。
③ 個人の不動産業で保有していた不動産は、資産の性質を確認する
相続した不動産を個人事業として保有している場合には、その不動産が「棚卸資産」なのか「固定資産」なのかで、売却時の所得区分が変わります。
- 棚卸資産:不動産販売業者として、販売するために所有していた商品
- 固定資産:賃貸収入を得るため、または事業で使用するために所有していた資産
| 不動産の性質 | 売却時の主な所得区分 |
|---|---|
| 販売目的の土地・建物(商品・棚卸資産) | 原則として事業所得 |
| 賃貸用ビル・賃貸マンション等 | 原則として譲渡所得 |
| 自社や個人事業で使用していた固定資産 | 原則として譲渡所得 |
所得区分が異なれば、通常の税額計算や適用可能な特例も変わります。実際の保有目的や使用状況によって判断が必要です。また、事業所得であればミニマムタックスの対象外になるというわけでもありません。
相続した不動産については、単に売却価格だけを見るのではなく、取得の経緯、帳簿上の区分、相続税の申告状況まで確認することが重要です。
親族への事業承継にもミニマムタックスは関係するのか?
子どもへの事業承継(贈与・相続)そのものに、ミニマムタックスによる追加課税が一律に生じるわけではありません。
親から子へ自社株式を贈与したり、相続によって承継したりする場合、第三者への株式売却とは課税関係が異なります。ただし、贈与税・相続税への対応、自社株式の評価、事業承継税制の適用可能性など、別の重要な検討事項があります。事業承継税制(特例措置)の期限については、当事務所の記事「事業承継税制の特例措置、期限はいつまで?大阪の中小企業が今すべきこと」で解説しています。
また、経営者が生前に承継方法を決めていなかったために、相続人間で自社株式が分散し、経営権の承継や第三者へのM&Aが難しくなることも考えられます。遺言による備えについては、記事「民法改正で遺言・成年後見制度はどう変わる?経営者向け解説」もあわせてご覧ください。
その意味でも、事業承継を単なる税務対策や株式の名義変更として捉えるのではなく、「誰が経営を引き継ぎ、誰が財産を受け取り、どのような形で会社の価値を次世代へ残すのか」という総合的な計画が求められます。
2026年中の売却と2027年以降の売却、どちらが有利なのか?
税負担だけを見れば2026年中の売却が有利になる場合もありますが、税制だけを理由に売却を急ぐことは必ずしも適切ではありません。
今回の制度改正を知ると、「それなら2026年中に会社や不動産を売却した方がよいのではないか」と考えられるかもしれません。確かに、多額の売却益が見込まれる個人にとっては、2026年分と2027年分以後で、税負担に差が生じる可能性があります。
しかし、M&Aでは、買手企業との交渉、企業価値の評価、財務・法務の確認(デューデリジェンス)、契約条件の調整などに相応の時間が必要です。
不動産売買においても、税務上の譲渡時期は原則として引渡日を基準としますが、一定の場合には契約の効力発生日を基準とする取扱いも認められています。
売却を急いだ結果、十分な価格で売却できなかったり、不利な契約条件を受け入れたりしては本末転倒です。大切なのは、税制改正を売却の決断を急ぐ理由とするのではなく、事業承継や財産承継を具体的に検討し始める契機とすることです。
経営者とご家族が今から確認しておきたい5つのこと
事業承継やM&A、相続財産の処分を考える際には、次の5つを整理しておくことをお勧めします。
- 自社株式の評価と株主構成:現在、誰が何株所有し、会社にはどの程度の価値があるのか
- 後継者の有無と承継方法:親族内承継、役員・従業員承継、第三者M&Aのどれを目指すのか
- 個人所有不動産などの資産状況:会社とは別に、経営者個人がどのような資産を持っているのか
- 相続への備え:遺言書の作成、相続人の関係、自社株式の承継方法、相続税の納税資金は十分か
- 売却時期と税負担の見通し:複数の資産売却による所得の集中がないか、税理士によるシミュレーションが必要か
これらは独立した問題ではありません。会社を承継する人と、会社以外の財産を相続する人が異なることもあります。関係者全員の理解を得ながら、経営の継続、財産の分配、税務上の負担を調整していく必要があります。
近年は地価や資産価格の上昇により、ご自身の想定以上に財産の評価額が膨らんでいるケースもあります。資産価格の変化と相続・事業承継の関係については、記事「失われた30年、取り返した3年|資産インフレと相続・事業承継」でも取り上げています。

よくある質問(FAQ)
Q. ミニマムタックスの強化はいつから適用されますか?
A. 2027年(令和9年)分の所得税から適用されます。2026年分までは、特別控除額3億3,000万円・税率22.5%の現行制度で計算します(出典:財務省「令和8年度税制改正(国税)等について」)。
Q. 会社を売却すれば、必ずミニマムタックスの対象になりますか?
A. いいえ。対象となるのは、株式譲渡益を含む年間の所得が非常に大きい場合に限られます。追加課税は、判定額が通常の所得税額を上回る場合に、その差額だけが課税される仕組みです。
Q. 会社が事業譲渡で得た利益にもミニマムタックスは掛かりますか?
A. ミニマムタックスは個人の所得税に関する制度のため、法人が事業や資産を売却した利益には直接適用されません。ただし、その利益を配当などで経営者個人に移す場合は、個人の課税関係を別途検討する必要があります。
Q. 自社株式と個人所有の不動産を別々に売却すれば影響はありませんか?
A. 同じ個人が同じ年に得た所得であれば、ミニマムタックスの判定では合算して考えます。別々に売却しても、同一年中であれば影響を受ける可能性があります。
Q. 親族への事業承継(贈与・相続)にも追加課税が生じますか?
A. 贈与や相続による承継そのものに、ミニマムタックスの追加課税が一律に生じるわけではありません。ただし、贈与税・相続税、自社株式の評価、事業承継税制の適用など、別の検討事項があります。
まとめ――事業承継は、会社と個人の財産を一体として考える時代へ
2027年からのミニマムタックス強化は、すべての中小企業経営者に増税をもたらす制度ではありません。しかし、優良企業のオーナーや、多額の不動産を所有する経営者、相続によって高額な財産を取得した方にとっては、決して無関係とはいえない税制改正です。
特に、自社株式のM&Aによる譲渡、不動産売却、相続財産の換金などが重なるケースでは、資産ごとの税負担だけでなく、個人の年間所得全体を見通す必要があります。
そして、税務上の損得だけでなく、後継者への円滑な経営権の移転、家族間の公平な財産承継、経営者自身の老後の生活設計も含めた準備が重要になります。
事業承継は、会社の将来を決めると同時に、経営者とご家族のこれからを決めるものでもあります。早めの準備と専門家への相談が、より多くの選択肢を確保することにつながります。
事業承継M&A・相続のご相談は、行政書士アヴァンセ法務事務所へ
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単に会社を売却する、あるいは相続手続きを行うという視点だけでなく、会社の経営、株主構成、財産の承継、各種契約関係などを総合的に捉えた支援を重視しています。
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参考資料
- 財務省「令和8年度税制改正(国税)等について」
- 国税庁「No.2270 特定の基準所得金額の課税の特例」
- 国税庁「No.3267 相続財産を譲渡した場合の取得費の特例」
- 国税庁「No.3270 相続や贈与によって取得した土地・建物の取得費と取得の時期」
※本記事は2026年10月11日時点の法令・公表資料に基づく一般的な制度解説です。個別の税額や特例の適用については、税理士等の税務専門家による確認が必要です。
監修: 行政書士アヴァンセ法務事務所(中小企業庁M&A支援機関登録済み/一般社団法人M&A支援機関協会会員)
